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No. 250  癌ではなかった No.2

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 昨年10月に家人のMRIの結果、脳には腫瘍はない、ということがわかり、癌ではなかった、というBlogを書いた。 そのあとのことである。 実は、家人の甲状腺になにかあるらしい、というのがそのMRIから発覚。 なので、今度は、脳ではなく、首にある甲状腺のMRIを受けた。 かなり大きな影があるとのこと。 専門家は、Biopsyという生体検査をすることを進めたので、予定を立てた。 その日は、12月30日。 長生きの家系でも、そういった病気が発生することもありなん、と心の準備に入った。 準備としては、やはり経済的なこと。 生きて収入があるうちに、この家の住宅ローンを早く支払ってしまった方が、いいだろう。 看病となると、だんだんエスカレートしていくから、あたしの職場を寝室の中にもっていこうか、と。 そして、いずれ、あたしが仕事ができなくなるだろうから、仕事を引き継いでいくPlan Bを構築していかなきゃなぁ、と思っていた。 本人の苦しみがどうなるかは、さておいてだが。 これだけは、あたしができることの範疇から外れてしまうし、身代わりにはなれない。 でもだよ、不思議なんだけど、一貫して、心には平安があった。 癌でも癌でないにせよ、神さんがきっと助けてくれる。 だから、安心だ、という平安が。 ヨハネ14:27 わたしは平安をあなたに残していく。 わたしの平安をあなた方に与える。 わたしが与えるのは、世が与えるようなものとは、異なる。 あなたがたは心をさわがせるな、またおじけるな。 うちの教会のパタリロ先生が、10年以上前に癌の宣告を受けた。 「がーん!」という心境が1-2時間続いたが、そのあと祈ったあと、 平安が心に入ってきた、という。 結果、その癌は手術によって取り除かれた。 *** 生体検査を受けた後、正月を迎えた。 正月の三日に、あたしと旦那は、釣りのキャンプにでかけた。 旦那は、川でマス釣りを。あたしは山小屋で、本を。 インターネットもないし、電話も通じない環境に3日いた。 山を下り、街中にでたところ、医者から電話があった。 結果は、癌ではなかった。 Noduleというものだ。日本語だと、「結節・根粒」というらしい。 癌ではなかった。 又、一つ新しいチャンスと時間を神さんからいただいたような気がする。 なので、この後10年は、神さんからいただいた時間を、何かに捧げていきた

No. 249  口に出して言うことは実現しちゃうことが多い<その三>

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<その一> <その二>  いよいよ、怒涛の引っ越し作業である! あたし自身も太平洋と東シナ海をまたぐ海外引越とアメリカ内での小さい引っ越しを含めると6回引っ越しをしている。 なので、引っ越しの度に、「なんでこんなに荷物あるんやろー。」という気持ちをいやというほど味わってきた。 なので、たとえ小さいトレーラーから、小さいトレーラーへの引っ越しも、ただ事ではない、と思っていた。 現地到着はお昼前であった。 お昼を食べたあと、トレーラーに向かい、パッキングを始めた。 本が重たい。重たいものは、小さいカートンにいれる。 大きなカートンには、軽いものを入れる。 出ない、と腰をやられる。 ちなみに、カートンであるが、教会の方、教会からいただいたものが殆どであった。 又、日々、ガレージにため込んで、旦那から怒られてきたカートンの山々も持ってきた。従って、あたしは、カートンは買わずに済んだ。 だから、今まで、捨てずにため込んできたんだよ! わかったか!! 結果、一日半で、家の物は、すべてパッキング終了した。 これは、取っておいて、これは捨てる、という選別は一切しなかった。 この作業は、その親戚がカートンを開封するときにする作業とし、あたしたちは、しないこととした。 なので、選別作業がない分、パッキング作業は、ほんの少し楽ではあった。 次の日は、U-Haulというレンタルトラックを借りてきて、荷物を詰め込んだ。 ここでも、学生さん、大活躍。 引っ越しは、手伝い要員として、駆り出されてきた人なので、要領がうまい。 きれいにトラックの荷台に入った。 ここで、丸二日半終了。 勿論、お礼として、毎日のお昼は、地元のレストランにて、美味しいものを沢山食べていただいた。 いざ、1時間北にある街に向けて出発。  現地に到着して、新しい住居をみた。 殆ど使われていない、真新しいトレーラーである。 これで、あの値段、というのが、バーゲンである。 というか、神さんが祈りを聞いてくれたんだと思う。 そのチャンスの窓は、1日だけ神さんが開けてくれて、その親戚にここに住む、住みたい、という思いを与えてくれたのだと思う。 引っ越し段ボールを真新しいトレーラーに運び込んだ。 その作業は、学生さんと、あたしが中心になっておこなった。 旦那とその親戚は、腰が痛い、肺の病気がある、ということで、動きが悪かったため

No. 248 口に出して言うことは実現しちゃうことが多い<その二>

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  <その一> <その二>をかかなきゃ、と言っている合間に、松の内も終わり、今は2022年。 世間は、Omicron株による感染拡大とインフレがニュースとなっている新年。 親戚が新しいトレーラーハウスに住むその地域には、雪が降っている。 先日、トレーラーの周りの雪かきをした、というテキストが来た。 あー、10月末に引っ越しが終わってよかったよ。 あの地域は、3月まで雪がしっかりあるので、雪が解けてから、家探し、となると、時間がない。 モラトリアム(猶予期間)は今年の6月までだったので、あのまま何もしないでいたら、どうなっていたか。 その一、では、実際の引っ越しが行われる前までのことを書いた。 さて、ここからは、その怒涛の引っ越しについてである。 トレーラー購入、投資口座からのお金の引き出し、新居の契約、引っ越しのスケジュールなど、その親戚一人では、なかなか進まない、というのは、十分予測できた。 なので、こちらでもかなり肩入れして、進めた。 特にスケジュールと物の動きに関しては、スケジュールはあたしが作ってしまった。 さて、あたしたちの住むところから、親戚のところまで車で11時間かかる。 通常、2日かけて、到着するところである。 なので、中間地点の町のAirBnBで一泊し、翌朝、親戚の住むところに向かう。 その町でも、AirBnBを借りて二泊した。 交通費、宿泊費はすべて手持ち弁当である。 親戚も旦那も若くはない。 ということで、助っ人を頼むことができた。 あたしの教会に来ている留学生の若い人。 喜んでお手伝いします、と進言してくれて、涙涙。 結果として、この方が来てくれたおかげで、引っ越しは終了できた。 換言すれば、この人がいなかったら、引っ越しは完了できなかった。 時間を少し前に巻き戻す。 サタンの攻撃だろうか、出発直前に、この学生さんと一緒に現地に向かうことが危うく実現しそうもない事がおこった。 一つは、教会のお仕事のスケジュールと重なっていたこと。 次に、その方の体調が直前にすぐれなかったこと。 教会の仕事のスケジュールとの重複は、担当牧師の理解により、解決した。 融通をしてくださった理由というのが面白い。 教会の仕事が先に決まっていたことを忘れて、その学生さんは、私たちの引っ越しの仕事を引き受けてくれた。 しかし、教会の仕事が先に決まっていたのに、後で気が

No. 247 口に出して言うことは実現しちゃうことが多い   <その一>

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  前回のPostをしたのが10月 。 そのあとは、怒涛の日々。 親戚が今住んでいる所を退去を迫られていた。なので、あたしたちは、7月にその場所に赴き、マネジメントと話して、1年の猶予をもらってはいた。 でも、その親戚、一向に、次の住居を見つけようとする意欲、動きがない。 低所得者用の住居補助に申し込みはしたらしい。しかし、補助を頂ける順番が280人中150番目、ということであった。 このコロナの中、補助をもらえる住居を探している人は、他にも沢山いるわけで、 どう見たって、1年以内に、住居補助付きの住居には入れるわけがない、と見込んだ。 なので、あたしは、 「あなたの引っ越しは、10月下旬まで!これが目標!」とその親戚に宣言した。 人のことなのに、あたしが勝手に宣言してしまった。 何で、こんなにするかっていうと、亡きスーパーばあちゃんの為であった。 ばあちゃんが面倒みてきた親戚の新しい住居を決めて、ばあちゃんへの、恩返しがひと段落する、という気持ち。 また、この時点で決めないと、その地方には、雪が降るし、春が来た頃には、立ち退きが強引に行われるはず。 立ち退きとなると、今保有している住居も売ることができず、債務者のものになってしまう。 となると、その親戚の懐には何も残らない。 ばあちゃんの為だけではない。 こっちだって、とばっちりを受けたくないし、自分たちの生活への影響はたまったもんじゃぁない。 本当に、自己中心な考えだ。 一般の人が思うような、右の頬を打たれたら、もう一つの頬を差し出す、というみ言葉にまったく沿っていない。 「10月下旬だ!」とサーチを始めた。本業もコロナの影響で忙しい。 最悪の場合は、あたしたちが、その地域に小さなコンドを買って、そこにレンタ―として入居してもらう、という大博打まで覚悟した。 いつだったか。 その親戚との会話があまりにも世紀末すぎて、「こりゃーだめだわ。」という絶望感、というか諦観の境地。 そこで祈ったのだと思う。 神さん、何とかしてください!と。 それからしばらくしてのこと。 夜中に、それとなく、サーチした。 トレーラーハウスコニュニティーを。 いわゆる、移動式プレハブの家が沢山置いてあって、そこで一つのコミュニティーになっている場所のこと。 その親戚が住んでいた一帯は、トレーラーの年齢、収入の制限があり、ばあちゃん名義だった居

No. 246 子供の英語教育 その一

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 先日、お子さんの英語教育について、相談を受けた。 このBlogの趣旨とは、離れるが、一応メモとして書き残す。 お子様の英語教育の目的は何かを 自分に 問う。 例えば、将来アメリカの大学に留学させたい、 ビジネスで使えるようにさせてあげたい、とか。 じゃあ、それはなぜか?    語学習得には、環境が大事。   まず、会話としての英語について。 周りから英語が聞こえてくる環境があることが必須。   したがって、インターナショナルスクールにいれても、そのインターナショナルスクールの生徒の構成が日本人が多い場合は、教室以外では、日本語をしゃべってしまうので、あまり効果がないと思う。 そのような状況をアメリカでみてきた。  楽しく、英語で遊ばせる環境が子供には大事。 周りのお友達が英語でわいわい遊ぶ、という環境が良い。 その中から、子供は、英語の会話は習得する。 言葉は聞くことから始まる。聞いてから、喋れるようになる。 ビジネスとして通用する英語の習得と考えると、アメリカ・イギリス・カナダの大学に留学することだろう。(ほかの英語圏の大学でもいいが、アクセントがきついかもしれない。) 但し、ESLだけの大学留学だと、注意が必要。 何故なら、日本人が多い留学先は、日本人で固まってしまい、英語を教室外で使わなくなってしまう。 出来れば、ド田舎で、誰も日本人がいない環境に投げ入れられて、そこで、英語しかない環境につかるのが一番。 次にビジネス英語だったら、英語が書けないと使えない。 アメリカなどの海外の大学を出るという場合、専攻自体は、英語ではない。 会計、経営、文化論、政治学、化学、物理、などの学位をとるのであれば、すべてにおいて、論文が必ず必要となる。 Spelling一つ間違えれば、その論文は減点対象となる。 英語できちんとした文章を書くのであれば、かなりの修行が必要。 ESLなどの余分な授業を取ってでも、習得することには大きな意義があると思う。 日本という英語が習得しにくい環境では、英語教室なども一つの選択かもしれない。 色々学校を見て回る親御さんもいる。 あたしとして、お勧めしたいのは、お子さんたちが活動している時間を選んで見学にいく。 そこで、子供たちの顔を見て、輝いて、楽しそうにしている学校がいいと思う。 英語でもスペイン語でも、語学は聞くことから始まる。 聖書にもこ

No. 245  癌ではなかった

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 先週の月曜日、家人がMRI(Magnetic Resonance Imaging):  核磁気共鳴画像法 の検査を受けてきた。 体の一部の数か月続く痛みがあったからである。 普通は我慢するが、これだけ長く続く痛みは初めて、ということで、本人は医者に行った。 まず、血液検査。そのあと、MRI (上記)を取りに行った。 結果を待つこと一週間。 その一週間は長かった。 あたしは浅はかな人間だから、この状態で、親戚にもちょっと冷たいメッセージを投げかかてしまった。だって、これ以上心配は欲しくないので。 いわゆる、自己防衛。 あーあ、浅はか。 YouTubeを見ると、癌患者さんたちのレポートが多い。 その中では、明るく、冷静に最後の数か月をレポートしてくれた人々がいた。 YouTube Channelを見るたびに、日々日々、「XXXさん、頑張って! 一生懸命生きているね!」と心の中で思っていた。 最近では、 ハッピースマイル!のゆかさん 、 りゅうさん のYouTubeを見ていた。 それぞれの方たちは、今年召されてしまった。 でも、変えられない現実を受け止めて、どうやって生きてくか、を教えてくれたビデオであった。 お二人とも、クリスチャンではないと思う。 しかし、いつまでも悲観に浸らず、そこから立ち上がってきた人たちである。 クリスチャンでも、悩みをぐちぐち述べるだけの人もいる。 神様にすがって、祈り通す人もいる。 神様にすがって、治る人もいる。  治らない人もいる。 本当に人それぞれである。 でも、これらのビデオに一貫していえるのは、ポジティブに何とか自分の心をもっていくことだ。 そこに到達するまでは、本当に苦しい心の日々だったのだろうけど。 その気持ちの一部をこの一週間で、0.001%かじったあたしたちであった。 寝ている早朝に、その返事は来た。 結果、MRIの問題はなし。 では、原因は何か? 血液検査でもわからない。 うーん。 たぶんばあちゃんが亡くなった後、6月7月と嫌な日々があった。 その痛みは、そのあたりから始まった。 っチュー事は、ストレスがらみかもしれない。 または、本来は体の中に、何かあったのかもしれない。 でも、一部の人たちが早朝に祈ってくれていた、と聞いた。 だから、癒されたのかもしれない。 。。。どんな願いことであれ、あなたがたが地上で解くことは、天

No. 244 家族の問題と忍耐

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 スーパーばあちゃんが5月5日に亡くなってから、5か月がたった。 家族の中心的存在だった人が急にいなくなると、家族の均衡が崩れる。 結果、旦那の弟の一人と、ばあちゃんの入院費の支払いと、小さな遺産のことで、大騒ぎというか、弁護士に相談するような事態になった。 これで、6月一杯はつぶれた。 次に、旦那のもう一人の弟の家のこと、住居のことで、急遽、州外に駆けつけたのが7月。 信頼できる不動産屋を紹介してもらい、廃墟と化した弟さんの家を、Fixer Upperに売った。 そして、ばあちゃんとその弟が住んでいたトレーラーハウスの退去命令を伸ばしてもらった。 これで、7月はつぶれた。 結果、仕事が遅れてしまい、大きなお客が離れていった。 次に起こる問題としては、その二番目の弟が今住んでいるトレーラーハウスは、来年、強制退去となる。 契約切れであることと、トレーラーが古すぎる、そして、収入が規定に達していない、という理由だ。 しかし、その弟の動きが遅い。 低所得者用の住居の空をまっているが、この住宅高騰とコロナによる収入激減の世の中、 こういった住居の需要が高い。 結果、現在、待ちの状態。 今まで、ばあちゃんがカバーしてきたから、弟は何とかやってきた。 でも、ばあちゃんがいなくなった今は、彼がひとりで、次の住居を決めなければならない。 先ほど、「こちらも、健康上の問題がでてきたので、もう助けることはできない。あとは、自分でやってくれ。」とメールを送った。 強制退去には、裁判所と警察が絡んでくる。 当然、トレーラーの管理事務所からは、兄弟であるこちらに連絡がくる。 とばっちりは、はっきり言って、勘弁願いたい。 そんな状況だが、その弟は、Facebookで立て続けにポスティングをしている。 中国の軍事力強化のことやら、政治のことやら。。。 それも、一日に何件も。 はたから見れば、そんな時間があるのなら、低所得者向けの住居のサーチをしろってんだ。 強制退去の直前になって、助けを求めてくるかもしれないので、その予防線を張っているこのあたし。 本当にいらいらする。 しかし。。。待てよ。 あたしの過去のトラブルって、自分に被害が及ぶのを予測して、先手に出たことが発端のことが多い。 今回は、先制攻撃で、注意の喚起をしたから、それはいいのかもしれない。 相手にも、こちらのリミットを知らせなけれ

No. 243 Social Mediaの注意

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 Facebookがアメリカの議会で叩かれている。 あそこまで成長すれば、お金があるので、訴え甲斐があるってものか? または、トランプ支持者か?   あたしは、忙しくて詳しく見ていないので、実際のところは、よくわからない。 Social Mediaも善しあしだな、と思うこの頃。 以前、息子のサッカーコーチが、練習を休んだメンバーのことで、こういっていた。 「今日、XXXはXXXという理由で休んでいるけど、それは嘘だよ。FacebookでXXXへ遊びに行っているのがわかったから。」 そうそう。 誰が見ているかわからんソーシャルメディア。 写真を載せれば、まず、顔認識のデーターとなる。 顔認識データを電話番号と結びつける。その他の情報を足せば、十分な個人を特定できてしまう。 30年ほど前にニューヨークの大学生だった。 その時、Information Systemの授業を取った。 まだ、E-mailってのが普及していないときに、すでにEmailやWebサーチが課題として出ていた。 教授からの課題で、自分が外に出している情報を点として、線を結んでみよ、というのがあった。 その結果を見て驚いた。 当時でさえ、すでに個人情報は、危ないくらいに外に出されていたのである。 さて、それはさておき、年取った人達用のソーシャルメディアはFacebook. 「クリスチャン」でサーチすると、結構出てくる。 こんだけあるのに、なんで日本のクリスチャン人口はたった1%なのかなぁ。

No. 242 広告掲示は発展途上

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 このBlogって、10年以上前からはじめていたんだけど、子育てなどで忙しくなって、10年ほど何もしないでいた。 その間に、Googleから”広告つけませんか”、というはがきがきていた。 それも忙しくて無視していた。 ここにきて、広告って、どんなもんかね、と設定は始めている。 できるだけ、邪魔にならないように、そして、内容がBlogと沿ったものがいいかなと思う。 そのうち、本の紹介などもしていきたい。 現在のところ、広告のManagementについては、発展途上だす。 見にくかったら、ごめんなすって。 ところで、写真で、「Advertising」でサーチしたら、以下のような不気味な写真が出てきた。 おフランスの広告だ。たぶん、ミシンの広告? うーん、わからんなぁ。 あそこを間違えて縫ってしまいそうで、こわい。 ひと昔前の日本のホラー系劇画みたい。 劇画、と言えば、「ゴルゴ13」。 さいとうたかお氏が亡くなった。 合掌。 ゴルゴ13の語源は、 ゴルゴダの丘 からきているらしい。 Wikipediaのリンクを貼っておいた。 ちょっと読み始めたけど、のめりこみそうで、仕事に差し支えるので、また後日に。

No. 241 神さんがしてくれた―ありがとうリスト  その2

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 今日は水曜日だが、45分くらい南下した地域にある高校で生徒による発砲事件が起こった。 娘、家族に情報を送って、警戒するように、というメールをしたためているうちに、容疑者は捕まった。 18歳で、拳銃を持てるアメリカ。 そんな若者が、拳銃を学校で発砲せざる負えない、というこの世の中。 神さん、どうか、この子の心と同じ学校の生徒たち、その親御さんの心に触れてあげてください。 ** 仕事のE-mailを開くと、アメリカの国税局から追徴課税の連絡が来たなどの問い合わせや、「一つの年だけ、作業してください。次の年はそれをマネしてファイルします。」という問い合わせ。 E-mailをすべて閉じ、夜まで見ないことにして、今、手元にある大事なお客さんに集中することにする。 その前に祈る。 心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。 申命記6:5 まず、この家にあなたの世界、御国が来ますように。 神さん、あんたが一番やで! あんたが最高! 神さん、お願いですが、この家の者すべてをお守りください。 *** 上記の事件や、仕事のことで、今日も心が重いが、こういうときは、神さんがしてくれたことを思い出して、心を温かくしたい。 では、引き続きリストアップ。 アメリカの国家試験に奇跡的に合格させてもらった。 日本からの嫌な野暮用を終えて、帰国したばかりで疲労困憊で、最後の章を全く読めずに試験に臨んだ。 ”御心でしたら、どうか、この”はした女”に、試験を受からせてください、と祈って挑んだ試験。終わってから、「どうせ、落ちているから、次の試験の予約をしなきゃ」、と受付に向かった。そこのお兄さん、大きくGood Mark=親指を立てるやつ=を出してくれた。一瞬何のことかわからず。合格の証明の紙を手にして、駐車場の車に戻り、「神さん!ありがとうござんす!」と叫んだあたし。 大きなお客一人失ったそのすぐ後に、次のお客さんが与えられた。 失ったお客は、いずれ私の方から「Fire」(解雇)すべきお客だったので、それはよかった。でも、収入が減るから、アシスタントさんにお金払えないかな、と思っていた。 アル中、難病など、色々あったあたしの家族だった。でも、今思えば、あの両親のもとにあたしを生まれさせてくれた神さんに感謝。 家は豊かではなかったが、飢えることはなかった。屋根もあった。暖かい

No. 240 神さんがしてくれた―ありがとうリスト

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  あたしにしては、とても珍しく、今朝、早起きした。 だって、歯医者さんの予約が朝の7時30分だったので。 今までのくそ暑いダラスの夏が終わり、今朝はむしろ寒かった。 コロナ禍もこの地域では、昨年末―今年の始めの様に、患者数と入院者数は増えている。 ICUのBedもほぼ埋まってしまっている。 New Yorkの方では、ピークが下がり始めたとはいえ、苦しんでいる人が多いはず。 病気は何千とあるのに、「健康」は、たった一つしかないんだよね。 この画面が見れて、オートミールにナッツを入れた朝食がおいしい、と食べることができる。 普通に、歩ける。 普通に喋れる。 意識があり、感覚がある。 手が動く。目が瞬く。 今朝起ることができた。 これは、ある意味で奇跡。 だって、朝が来ない人もいるのだから。 わがたましいよ、主をほめたたえよ わたしのうちにあるすべてのものよ、 聖なる御名をほめたたえよ わがたましいよ、主をほめたたえよ 主の良くしてくださったことを 何一つ忘れるな 詩編 103:1-2 ** 仕事の締め切りがあと10日で、くそ忙しいが、 ここに、主がしてくださった良いことを列記してみる。 *** 2004年12月26日のスマトラ沖地震から救ってくれた。 あの場所にその時期に行くはずだった。しかし、色々な不思議なことが起こっていて、結果、東南アジアからあたしたち家族は押し出されるように、アメリカに帰っていた。 息子の命をすくってくれた。 強盗を追った息子に、銃口が向けられ、引き金が引かれた。しかし、銃弾が発砲されなかった。 スキー中にリフトの支柱にぶつかるはずだったあたしを助けてくれた。 彼氏と喧嘩した後、やけくそにスキーでかっ飛ばしていて、コントロールを失った。リフトの支柱にぶつかる!と目を閉じた。目を開けたら、なぜか体は支柱の横にあり、スキーもきれいにそろって横たわっていた。 ほぼ諦めかけていた母が、奇跡的にイエス様を真実、といってくれた。 その二か月後、母は天国に行かれた。 空き家だった日本の実家を教会にしたい、という願いが、別の場所で実現された。 子供たちと大学のことでもめていたが、神さんにうっちゃっちゃったら、何故か大学が決まってきて、奨学金も(多くはないが)もらえた。 日本のバブルがはじけたと同時にアメリカに来た。 New Yorkの大学への進学、貧困だったが

No. 239  悪いニュースと福音

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 YouTubeは結構みている。 というか、聞いている。 聞き流している。 仕事しながら、ビジネス系のYouTubeを聞くことが多いからである。 しかし、テレビと同じで、お勧めとして、掲載されてくるYouTubeは、Googleが決めているんだろうね。 なので、あたしは完全なる受け身。 コロナ禍が始まり、緊急事態とか、自粛モード、そして東京オリンピックと世の中が急に変わったなかで、YouTubeも変わっている。 そんな中で、YouTubeで、ずばずばいっているのが、ほりえもん、ひろゆきさん(切り抜きが多々)、青汁王子、その他もろもろ。 どうして、こういったYouTubeの登録者、高評価ボタンがおされるのか、というと、今の若い人たちは、将来の不安、不満だらけの中で生きているからだと思う。 自分の力では、どうしようもない、この世の中。何とか、解決への糸口を見つけたい、という一心で、YouTubeにくぎ付けになるんだと思う。 そして、ホリエモン、ひろゆきさんは、明確に即答してくれるので、人気があるのだろう。 でも、色々見ていると、ほぼ全員のYouTuberがいっているのは、成功の秘訣としては、 「やるか、やらないか」「行動に起こす」に尽きる、と言っている。 私もそう思う。 でも、若い人たち全員が行動に起こせるか、というと、そうではない。 実際に行動に起こせる人たちは20%行くかどうか、なんだろう。 質問をする時点で、その人は行動しない人である、と思える。 残りの人たちは、置いて行かれるか、現状維持か、文句を言いながら、一生おわってしまうかもしれない。 YouTube内での発言で、日本に関することで良い話はないようだ。 又は、ニュースというのは、良い話は少なく、悪い話題の方が、ニュースとなりやすい。 いや、人間って、悪いニュースが好きなのだろう。 でも、なんで、人間は、悪い話がすきなんだろうなぁ。 悪いニュースを聞くと、本能的に、自衛、避難へと、本能が掻き立てられるからか? つまり、サバイバルしなきゃ!と。 このコロナ禍で、こういった悪い話に疲れてきたこの頃。 なんとか、良い話、心がほんわかするYouTubeを探そうとしているんだけどね。 なかなか、ヒットしない。 前に書いたBlog 「 愛がなければ 」では、ホームレスのサポートをするなきま君たちの活動では、本当に心がほっ

No. 238  山の下り坂

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 2021年の9月はあっという間に飛び去ろうとしている。 巷では、まだコロナのデルタバリアンスがはびこっており、感染者、死亡者は相変わらず発生している。 先日訪れたフライフィッシングのお店のご主人もこの初夏に亡くなってしまっていた。 コロナだった。 奥さんが後をついで、店を切り盛りしている。 ある一定の年を超えた人たちの死因ではコロナが多くなっているが、若い人たちの罹患者が「死」に至ることは少ない。ただし、重症になり、後遺症を引きずる場合もある。 若い人たちの死がニュースになっても、その陰で、老兵はそっと消えていくのであろう。 日本は、先日、菅総理大臣の退任後の後継が発表された。 日本って、うちわで決めるのね、次の後継者。 そんななか、同窓生からお嬢さんの就職先についてのメールが届くなど、日本の若い人たちにとっては、結構大変な世の中になっている日本。 今後の予測、という題が付く記事には、押しなべて貧富の差が激しくなる、という。 日米、同じようなことが起こっている。 アメリカの不動産は登り基調であったが、投資家や、現金で買える人達が20%以上のSalesを占めており、始めて家を買う人の層にとっては、手が出なくなっているアメリカの不動産市場である。 あたしも、今後、若くはならないし、旦那かあたしのいずれかが先に死ぬことは確実。 自分の子供たちの経済的安定も必要だろうから、その準備はしていこうとは思う。 行動はすでに一つは起こして、軌道には乗っている。 でも、子供が二人いるから、もう一つのプロジェクトをしたいが、最初の一歩がまだ踏み出せていない。 そいういう優柔不断な現状に嫌気もさすし、この不動産、株価高騰の時代、何に手を付けようかと思う。 上がったものは、下がるので、投資項目の値段が下がるまで待つか、という気持ちもある。 しかし、命には限りがある。あたしも明日しぬかもしれない。 山道は登りは大変だけど、下り坂の方が難しい。 一気に転落ってこともあるし、往路だから疲れている。 あたしは人生の下り道を歩まなければならないのだろう。 だったら、注意が必要である。 登るときより、降りる時のステップを一つ間違えれば、がけから落ちてしまう。 しかし、まてよ。 そんな考えがもたげるのは、下に降りることを考えているからだろう。 では、一生、登り続けていくことを考えていくのは、どうだろう

No. 237 神さんに押し付け

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先日の聖書の箇所を再度くりかえす。 ルカ 18:18 また、イエスは、失望せずに常に祈るべきことを、人々にたとえで教えられた。 たとえを要約すると、冷酷な裁判官に、やもめがしつこく懇願しにきていた。 暫くは無視していたが、あまりにも、しつこいので、もうやめてちょうだいよ、という感じで、その依頼を引き受けた、ということだ。 なので、毎日しつこく、神さんに祈っていくと、上にいる神さんは、 「あーもう、うるせぇなぁー! 聞いてやるか、その祈り!」 となることを、あたしは期待している。 この前の書き込みに息子の命が助けられたことを書いた。 その祈りだって、以下に書くようなもんだった。 でも、しっかりと聞かれていたのだ。 息子が大学にアプライ(申請)するとき、がたがたしていた。 だって、成績わるかったので。 親子で喧嘩して、息子は夜に家から、弾丸のように出て行って、家の前で膝を抱えてすわっていたこともあった。 部屋の壁にパンチか蹴り入れて、穴が開いたことも。 ある時、もう、こりゃだめだわ、と神さんに投げつけた。 「神さん! 今、ガタガタしていますが、にっちもサッチモいきません。 なので、ここであなたに投げます! 神さん、あんたが創ったうちの子供たちです。 あたしはここまで託された命を育ててきました。 でも、ここでがたがたして、大変です。 もう、すべてお任せします。 煮るなり、ゆでるなり、すきにしてくだせぇ!」 で、お役御免を願った。 そのあとである。 大学に受かり始め、学費半分を負担できる奨学金がもらえた。 そして、知らない間に、息子は命を救われていた。 ただ、神さんに投げただけだ、あたしは。 でも、その願いはしっかりと聞きとどけられ、願い以上のこと、 つまり、命を助けてくださった、という究極のおまけをいただいていたのだ。 だから、祈りの始めには、感謝をたくさんしなきゃ、とますます思う 

No. 236 聞かれる祈りのコツ?

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 こんな話を聞いたことがある。 息子を殺した犯人が釈放されるときに、その殺人犯が求刑され、罰金刑が課された。 被害者の父親はこういう条件をつけた。 「毎日一ドルのチェックを息子の名前で、一生、ここに送り続けなさい。」 暫くは、罪の意識の為、毎日こつこつとチェックを書いていた。 しかし、1年も経つと、チェックを書く作業は、かなりつらくなってきた。 毎日毎日自分の罪をチェックを書くたびに、思い起こされたからである。 一ドル、という金額の少なさに、これは、簡単だぜ、と承諾して始めたこと。 しかし、これは、究極の拷問であったのだ。 現在であれば、Online Bankingで自動に設定すれば、何もせずに、毎日お金は送られていくだろうけど。 この毎日何かをする、というのは、結構難しいだろう。 毎日の継続の習慣ができる人はいる。 あたしは、できない方である。 あることを始めても、仕事で忙しくなると、忘れてしまう。 途中までやりかけたペーパーワークもどこかへ。 ある時、その紙を見つけて、「なんだったっけ?」という有様。 本当に、良く忘れる。すっぽかす。怠惰である。 今日、聖書を開けたら、以下の箇所が出てきた。 ルカ 18:18 また、イエスは、失望せずに常に祈るべきことを、人々にたとえで教えられた。 卒業式で、地元の名士と呼ばれる人がくる。 小学生、中学生を前に、1-2時間、演説をしていた、というかすかな記憶がある。 でも、今、思い出そうとしても、その時の演説なんぞ、まったく覚えていない。 その人間が誰だったかも、覚えていない。 その人間がメッセージを伝える相手は、卒業する子供たちではなく、校長先生、先生たち、親御さんたちだったのだろう。 一方、アメリカの大学を卒業するときに、来てくださった方は、宇宙飛行士だったかたであった。 アフリカンアメリカンの人。 完結なメッセージで、最後の締めくくりが、”Stay Focus!”だった。  宇宙船の外部で、何かを修理するときか、何かをガイドするとき、ロボットアームを使って、細かい作業をしたときの話だった。Focusして、その業務を達成した話だったと思う。 この「Stay Focus!」という言葉は、心に残っている。 上記より、神さんに聞いてもらえるお祈りって何かコツがあるんだろうか? と考える。 韓国のチョー・ヨンギ牧師は、「具体的に祈る

No. 235 あたしは貧欲だったのだなぁ

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仕事で一つの顧客を失うことになった。 それは、予測していたけど、ばあちゃんのことで、6月ー7月まったく仕事ができなかったことも影響している。 しかし、心証はよくなかった。 あったりまえだ。 ビジネスをしていて、収入が減ることは良くない。 結構大きな額である。 一方、その仕事は、自分が機械になった、というか、ソフトウエアに使われてしまっている、という感が増してきていた仕事であった。 不毛だなぁ、と思っていた。 たぶんであるが、そのつぶやきを神さんに聞かれてしまったのかも。 そのお客を失うことがはっきりしたとき、「不安」が私を襲った。 そして、今まで気にしなかった銀行口座の残高や、今後の経済状態を考えてしまった。 まだ、起こっていないのに。 だから、わたしはあなたがたに言います。自分のいのちのことで、何を食べようか、何を飲もうかと心配したり、また、からだのことで、何を着ようかと心配したりしてはいけません。 ……あなたがたの天の父は、それがみなあなたがたに必要であることを知っておられます。 だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。 だから、あすのための心配は無用です。 あすのことはあすが心配します。 労苦はその日その日に、十分あります。 マタイ 6 : 25 、 32 〜 34 そして、今週教会からいただいた記事は以下。 韓国の牧師先生が書いた文章である。 この世で神の国を味わうためには、貪欲に気をつけなければなりません。 貪欲とは、自分のために何かを得ようとする強い欲望です。 信仰の先人たちは、食べ物に対する貪欲も罪と考えるほどの敬虔さを追い求めました。ジャン・カルヴァンは、宗教指導者たちに対し、大皿を 3 枚以上使うような豊かな食事を禁じる規定を作りました。 今日の私たちは、昔に比べて豊かになり、ゆとりのある生活を送っていますが、それにもかかわらず満足することができません。 それでサタンは、「今よりもう少し努力すれば、安定した老後を送ることができる」とささやいて誘惑します。このような不安のために、人は少しでも多くの財産を得ようとするのです。特に人は未来の安全を願うので、それを得ようとしてあれこれ考えているうちに、だれもが貪欲という罠に掛かってしまいます。 貪欲なこころが働くと、「もしかして不幸が訪れる

No. 234  すくわれていた命・子供の為に祈る

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 いやー、もう神さんには、感謝しかない。 仕事のことや、お金のこと、物のことをお願いするなんて、程遠い。 そういうことを思い知らされた先週であった。 今、仕事前に書いているので、かなり短い文章となる。 うちの息子が大学にいったばかりのある夜。 コンピューターゲームを安く譲る、という話に引き寄せられて、引き渡し場所にいったらしい。 そこで、銃口を突き付けられた。 そして、財布などを取られた。 しかし、息子はその輩の後を追いかけて、追いつき、捕まえたらしい。 警察が来るまで、その男を押さえつけていたそうだ。 犯人は、息子に銃口を突き付けて、引き金を引いた。 しかし、弾丸は発砲しなかった。。。。 先週、息子の部屋をかたずけていて、見つけた警察からの手紙から発覚した。 その事件は3年前のことであった。 しかし、息子は帰省した時に、一言もそのことを話さなかった。 ぞっとする。 今でもショックである。 本当にぞっとする。。。 一週間たっても、私の心には、銃弾の鉛の重さが、胃にのしかかる。 私と夫は、本当であれば、息子を失った夫婦であり、死ぬまでその悲劇を引きずって生きていたはずである。 *** 引き金を引いても、弾が出なかったのは、神さんの「わざ」だ。 神さんが、息子を守ってくれていたのだ。 もう、感謝しかない。 それ以外にない。 仕事のこと、経済的祝福のこと、そんなこと、祈る気もしない。 ひれ伏して、祈るだけである。 神様、息子を守ってくれてありがとうございます。 親は、子供の為に、ずっと、真剣に祈っていくしかないのだ。。

No. 233  IQ 145 はすごいことか?

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うちの旦那側の親戚にIQ145の人がいる。 あたしの旦那もIQ140超えているということだ。 ホームレス差別発言 で、昨日、Youtubeが炎上した、というメンタリスト ダイゴって人もIQ142だそうだ。 ちなみにお医者さんたちの平均のIQは120というのを、昔読んだことがある。 あたしのIQは。。。知らない。 小学校の時、ア・テスト受けさせられたのだろうけど、知らない。 Wikipediaからの引用では、IQとはIntelligence Quotient  知能指数 (ちのうしすう、 独 :  I ntelligenz q uotient ,  英 :  I ntelligence  Q uotient ,  IQ )とは、数字であらわした 知能検査 の結果の表示方式のひとつである。知能が高いほど数字が大きく、知能が低いほど数字が小さくなる。 IQの平均値は100であり、85–115の間に約68%の人が収まり、70–130の間に約95%の人が収まる。 ということだ。 更に、Wikipediaを読み進むと、以下の表がある。 職業集団とWAIS-Rの全検査IQ  職業集団                     全検査IQの平均 専門的・技術的職業(医者、弁護士)  112.4 経営者・役員(事務職員、販売員)   103.6 熟練労働者(職人、職長)       100.7 半熟練労働者(サービス業、農業)    92.3 非熟練労働者(肉体労働者、農場労働者) 87.1 IQへは、環境、遺伝、と色々なファクターが影響するらしい。 しかし、読んでみると、あまり明確なベースがみあたらないなぁ。 まあ、それはともかく。 イエス兄さんは大工だったから、職人、職長でIQ100.7のカテゴリ。 ペテロは漁師だったから、反熟練労働者あたり。なので、IQは92.3のカテゴリだろうかね。 マタイは、事務職員に該当するだろうから、100.7 ルカは医者だったので、一番上の専門的技術的職業のカテゴリーでIQ112.4 パウロは、弁護士レベルの法律家だったので、同じく一番高い平均値のIQ 112.4のカテゴリ。 IQに限って言えば、みんな、あたしの親戚や旦那のIQよりは、下である。 そして、使徒たちの中で、下位に分別されてしまった職業についている人たちが、12人⁺1人(イエス兄さん)のリ

No. 232 自制

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  Blogは心に余裕がないと書けない。 八月の中旬になる今週に、やっとBlogを書いている。 前回書いたのは、5月3日と6月1日。 この両日付の間に、スーパーばあちゃんは天国に行った。 ばあちゃんのお葬式がおわり、さて、医療費の支払いとほんの少しあった貯金というか、投資の分割、という話になった。 親が死ぬと、避けて通れない遺産分割。 多くは、もめる。 うちも例外ではなかった。 ばあちゃんの残したお金は、ものすごく少額だった。 しかし、お金がどうしても「今」欲しい人がいた。 その為、6月と7月は、計算したり、緊急の州外の旅、ということが起こってしまった。 物議を醸しだしたので、当然、いやな気持にさらされた。 親戚の間で、朝からテキストやら、E-Mailやら。。。 16年前に経験した遺産相続の時の、いやーな心の痛みがほじくり返された、という感じ。 信じられないような発言もあった。 ここまで言うか、という。 多くの人は、知り合いや友人に、「ねえ!聞いてよ!」とぶちまけるだろう。 また、発信する場所があれば、そこに、感情のままに吐露する人もいるだろう。 YouTubeやBlog、Facebook, Twitterなどは、ぶちまけのオンパレードではないか。 *** ガラテヤ書 5:23 しかし、御霊の実は、愛、喜び、平和、寛容、自愛、善意、忠実、柔和、自制であって、これらを否定する律法はない。 「御霊」は聖書では、”みたま”と呼ぶ。 お味噌汁をすくう「おたま」ではない。 えー!聖書って、「霊界」や「スピリチュアル」な話もでるんかい!  と思う人もいるだろう。 あたしも、おおー、キリスト教でも、「霊」があるんかいな、とまだ、イエス営業部になっていないとき、思った。 霊能者の江原啓之さんや、美輪明宏さんがでてきそうじゃないの。 「あなたの後ろに、先祖の霊が。。。」「背後霊」「守護霊」などに使われる「霊」という漢字があてはめられている。 この”みたま”はスピリットというのかな。 イエス兄さんが死んじゃって、生き返って、天国にいったあと、 「私は体は地上にはないけど、ほら、気持ちを送るよ!」って感じだろうか。 御霊(みたま)は、「聖霊」とも「Holy Spirit」とも言われる。 そこらへんをうろうろしている「霊」より、ずっと次元が高いと思う。 「霊談議」はこのへんにして、数式を書

No.231 横浜カナンキリスト教会

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15年前に、父が亡くなったあとのこと。 喪が明けて、家の片づけに帰国した。 洋服、布団などどうしよう、と思案した。 鎌倉に雪の下教会(プロテスタント)がある。 そこの長老の方とよく連絡を取っていたので、相談したところ、 「カナン教会に寄付してどうでしょうか? 寿町にあります。」   *寿町:横浜の町。簡易宿泊所などがある。 ということで、亡き父の洋服、靴、布団を寄付した。 ここで、日本ならではの障害、というか、小さな困難がある。 荷物をどうやって運ぶのか? 私は単なる一時帰国者なので、車はない。 アメリカでの運転に慣れてしまったので、日本の左側通行の狭い道路では、もう運転できない。 だれかひき殺してしまう。 んで、どうしたか、というと、郵便局に電話して、特別にピックアップしてもらった。 料金を払って。 小さい活動でいいので、何かのついでに、ピックアップして、お届けしてくれるサポートがあれば、ありがたいなぁ。 車社会ではない日本では、難しいか。 横浜の寿町は、東京の山谷、大阪のあいりん地区と並ぶ、「ドヤ街」である。 ちゃらちゃらとデートする元町、綺麗になってしまったレンガ倉庫広場、横浜スタジアムがあると京浜東北線の東側ではなく、反対側の西側にある。 子供の頃、父の運転する車で、寿町界隈に入ってしまったことがある。 車の窓から見える景色は、普段、あたしが暮らしている環境とは違った。 路上での焚火。 そして、人々の目が違っていた。 あたしと父は、そこでは、場違いな存在であった。 このビデオは、横浜カナンキリスト教会が行っている寿町に住む方たちへの祈り、希望、支援が記録されている。 ナレーションは、どこかで聞いたことのある声かもしれない。 映像に、若い人たちが、参加してサポートしているのを見て、日本、悪くない、と思った。 これから、日本は、お金儲け、ではなく、「愛」があふれる国になってほしい。 多くの人がどん底を経験している日本のこの頃。 でも、優しい若者が増えているように思える。 お金は生きるのに必要だ。 しかし、お金を求めるのを、目的としてしまうと、どうなんだろうか。 達成の代償としての計りとしての、お金は心地よい。 でも、時に人は、「稼ぐこと」に必死になってしまって、家族との時間、自分の時間を忘れてしまうことがある。 生きるのが目的で、お金はそれに必要なのだ。 1コリ