No. 78 自分の子供の信仰
さっき、子供と夕食をとっていたときの会話。
やぶから棒に、娘が切り出した。
娘:「天国にはどうやっていくの?」
私:「(何を突然言うか、この娘・・・) それは、昇っていくんだよ。」
娘:「え、でもどうやって天国に行かれるの?」
私:「それは、簡単なことさ。 イエスを信じて、口に出して、『信じます』って言えばいいんだよ。」
娘と息子:「なんで?」
私:「だってさー、聖書に『心で信じて、口で告白して救われる。』って書いてあるんだもん。」
娘と息子:(口を揃えて)「うん。 信じる。 僕、(私)イエスを信じるよ!!」
私:「(何を突然言うのか、この二人は???)」
そこで、娘が食卓のベンチの上に立って、飛び上がろうとしている。
私:「何してんの? お前?」
娘:「口で信じるって言ったけど、昇らないよ・・・。天国いかないよ。」
私:「おいおい、お前ーー。 死なんと、天国にいかれないだろが!」
娘:「(目を点にして)えっ?」
私:「命とか、時ってのはさー、神さんが決めてるから、何時天国行くかわかんないよ。 あんたは、今日の命をもらったんだよ。 ところで、あんた達、それだったら、洗礼受けないとだめだよ。」
娘:「なにさ、洗礼って?」
私:「水のなかにざぶんって入って、ばっと出てくんの。」
息子:「そうやって、僕の体の何かが変わるの? 何かがとれるの?」
私:「そういうこっちゃないけど。 漬かって、すぐ上がってくるだけだよ。」
娘:「どうしてよ。 私、もうクリスチャンだよ。」
私:「(また、何を突然言うのか、この娘) あのなー。 イエスと同い年のバプテストのヨハネって人がいてねー、イエスに洗礼を授けたから、私達もイエスの真似をするんだよ。」
息子&娘:納得した様子で、うなずく。
私:「じゃあさー、イエスを信じるというのなら、これから毎週日曜日には、教会へ行かないとだめだよ。 今までは、『行きたくなぁ~い』だったじゃん。」
息子&娘:(口を揃えて)「行く、行く!」
私:「(何を急に言うか。 この二人は・・・。 今までは、いきたくなぁ~いって言っていたくせに・・・・)」
息子:「マミー、ところで、赤ちゃんはどうして出来るの?」
私:「結婚しないとできないよー。」
息子:「赤ちゃんは、ぼくのタマの中にはいるんだよねー。 ちんちんの中にもはいるんだよねー。」
私:「ばっかだねー。 お前。 赤ちゃんはこのくらい大きいだから、ちんちんのなかにはいりきんないだろがー。」
娘と息子:大爆笑。
************************
実を言うと、今まで私は、家では、子供達に聖書を読んであげたり、食事の前のお祈りをしたり、イエス兄さんのことをあまり話していなかった。 でも、子供達はどこかで覚えてきた簡単な歌みたいのを歌って、食べ始めることが多い。 私は、ぐうたらな母親である。
時たま、子供を連れて長距離の運転の前に、「ほれ!祈って、道中の安全をお願いしろ!」とか、「今日は、ダディーが出張だから、ダディーを守ってちょうだいって神さんにお願いしよう。」位しかしていなかった。
この二人、たまにベッドで、子供用の絵付の聖書をじーっと読んでいることはあった。 祈る二人の姿は、結構真剣で、私より、まじめみたいである。 娘のほうは、母親が、毎日ピアノでプレイズソングを歌っているのを聞いている。 車の中でも、気に入った曲を私が何回も何回もかけて歌っているもんだから、歌詞を覚えてしまっていた。
いづれにせよ、私は、子供たちに、普段の生活のなかで、率先して、神様のことを教えては来なかった。 本当に、いい加減なイエス営業部員なのである。
この二人は、今まで、あまり教会に行きたがらなかった。 私も、「いいよー。 無理していかなくってもー。」 首に紐を付けて、教会に来させることはしたくなかった。 子供達が自ら「教会にいく。」という意志を示すまでは、待とうと思っていた。
しかし、何で突然、今日のような会話になったんだろうなぁー。 おととい、旦那が出張でいないから、子供を連れて教会にいくしかなかった。 そこで、Kids Churchにいったんだが、そこで、良い体験をして、良い教えをもらったんだろう。
まあ、こういう気になったのは、正直驚いたけど、一つだけ、しなければならんことがある。 それは、人間の「罪」をどうやって、わかりやすく子供達におしえるかってこと。
私なりの解釈は、このBlogでだいぶ前に書いた。 2006年4月にアーカイブ入っている。
「No. 2 罪、なんじゃそりゃ?」
http://brotherjesus.blogspot.com/2006_04_01_archive.html
子供に「罪=的外れ」のことを分かってもらうようにするには、こんな感じで、話せばいいのかなぁ。
「教室で、先生がお話している時は、おしゃべりしていいと思うー?(子供達は、いけないことだよ、って言うだろう。) でも、うっかり先生の言いつけを忘れて、おしゃべりしちゃうよねー。 (うん、と子供達が言うはず) そう。 わかっていても、おしゃべりしちゃうんだよねー。 人間ってさ、わかっていても、悪いことしちゃうでしょー。 だから、神様、あきれちゃったんだよ。 でも、イエス兄さんがが来てくれて、神様、ごめん、って謝ってくれているんだよ。」ってなかんじでいいんだろか? 十字架はどうやって教えればいいのか?
最近毎日のように、息子が赤ちゃんはどうやって出来て、どうやって生まれてくるのかを聞いてくる。
また、二つ、神さんへのお願いが増えた。 どうやって教えていいか、その言葉を与えてくださいねー。
あかしや番頭
やぶから棒に、娘が切り出した。
娘:「天国にはどうやっていくの?」
私:「(何を突然言うか、この娘・・・) それは、昇っていくんだよ。」
娘:「え、でもどうやって天国に行かれるの?」
私:「それは、簡単なことさ。 イエスを信じて、口に出して、『信じます』って言えばいいんだよ。」
娘と息子:「なんで?」
私:「だってさー、聖書に『心で信じて、口で告白して救われる。』って書いてあるんだもん。」
娘と息子:(口を揃えて)「うん。 信じる。 僕、(私)イエスを信じるよ!!」
私:「(何を突然言うのか、この二人は???)」
そこで、娘が食卓のベンチの上に立って、飛び上がろうとしている。
私:「何してんの? お前?」
娘:「口で信じるって言ったけど、昇らないよ・・・。天国いかないよ。」
私:「おいおい、お前ーー。 死なんと、天国にいかれないだろが!」
娘:「(目を点にして)えっ?」
私:「命とか、時ってのはさー、神さんが決めてるから、何時天国行くかわかんないよ。 あんたは、今日の命をもらったんだよ。 ところで、あんた達、それだったら、洗礼受けないとだめだよ。」
娘:「なにさ、洗礼って?」
私:「水のなかにざぶんって入って、ばっと出てくんの。」
息子:「そうやって、僕の体の何かが変わるの? 何かがとれるの?」
私:「そういうこっちゃないけど。 漬かって、すぐ上がってくるだけだよ。」
娘:「どうしてよ。 私、もうクリスチャンだよ。」
私:「(また、何を突然言うのか、この娘) あのなー。 イエスと同い年のバプテストのヨハネって人がいてねー、イエスに洗礼を授けたから、私達もイエスの真似をするんだよ。」
息子&娘:納得した様子で、うなずく。
私:「じゃあさー、イエスを信じるというのなら、これから毎週日曜日には、教会へ行かないとだめだよ。 今までは、『行きたくなぁ~い』だったじゃん。」
息子&娘:(口を揃えて)「行く、行く!」
私:「(何を急に言うか。 この二人は・・・。 今までは、いきたくなぁ~いって言っていたくせに・・・・)」
息子:「マミー、ところで、赤ちゃんはどうして出来るの?」
私:「結婚しないとできないよー。」
息子:「赤ちゃんは、ぼくのタマの中にはいるんだよねー。 ちんちんの中にもはいるんだよねー。」
私:「ばっかだねー。 お前。 赤ちゃんはこのくらい大きいだから、ちんちんのなかにはいりきんないだろがー。」
娘と息子:大爆笑。
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実を言うと、今まで私は、家では、子供達に聖書を読んであげたり、食事の前のお祈りをしたり、イエス兄さんのことをあまり話していなかった。 でも、子供達はどこかで覚えてきた簡単な歌みたいのを歌って、食べ始めることが多い。 私は、ぐうたらな母親である。
時たま、子供を連れて長距離の運転の前に、「ほれ!祈って、道中の安全をお願いしろ!」とか、「今日は、ダディーが出張だから、ダディーを守ってちょうだいって神さんにお願いしよう。」位しかしていなかった。
この二人、たまにベッドで、子供用の絵付の聖書をじーっと読んでいることはあった。 祈る二人の姿は、結構真剣で、私より、まじめみたいである。 娘のほうは、母親が、毎日ピアノでプレイズソングを歌っているのを聞いている。 車の中でも、気に入った曲を私が何回も何回もかけて歌っているもんだから、歌詞を覚えてしまっていた。
いづれにせよ、私は、子供たちに、普段の生活のなかで、率先して、神様のことを教えては来なかった。 本当に、いい加減なイエス営業部員なのである。
この二人は、今まで、あまり教会に行きたがらなかった。 私も、「いいよー。 無理していかなくってもー。」 首に紐を付けて、教会に来させることはしたくなかった。 子供達が自ら「教会にいく。」という意志を示すまでは、待とうと思っていた。
しかし、何で突然、今日のような会話になったんだろうなぁー。 おととい、旦那が出張でいないから、子供を連れて教会にいくしかなかった。 そこで、Kids Churchにいったんだが、そこで、良い体験をして、良い教えをもらったんだろう。
まあ、こういう気になったのは、正直驚いたけど、一つだけ、しなければならんことがある。 それは、人間の「罪」をどうやって、わかりやすく子供達におしえるかってこと。
私なりの解釈は、このBlogでだいぶ前に書いた。 2006年4月にアーカイブ入っている。
「No. 2 罪、なんじゃそりゃ?」
http://brotherjesus.blogspot.com/2006_04_01_archive.html
子供に「罪=的外れ」のことを分かってもらうようにするには、こんな感じで、話せばいいのかなぁ。
「教室で、先生がお話している時は、おしゃべりしていいと思うー?(子供達は、いけないことだよ、って言うだろう。) でも、うっかり先生の言いつけを忘れて、おしゃべりしちゃうよねー。 (うん、と子供達が言うはず) そう。 わかっていても、おしゃべりしちゃうんだよねー。 人間ってさ、わかっていても、悪いことしちゃうでしょー。 だから、神様、あきれちゃったんだよ。 でも、イエス兄さんがが来てくれて、神様、ごめん、って謝ってくれているんだよ。」ってなかんじでいいんだろか? 十字架はどうやって教えればいいのか?
最近毎日のように、息子が赤ちゃんはどうやって出来て、どうやって生まれてくるのかを聞いてくる。
また、二つ、神さんへのお願いが増えた。 どうやって教えていいか、その言葉を与えてくださいねー。
あかしや番頭
コメント
たはは、いろいろと子供さんから言われているようですねぇ~。
子供ってかなりしっかり親の行動を観察していますから、今までのあかしやさんの信仰をじっくり観察していたのでしょうねぇ。
罪とか十字架の贖いは聞かれるまでこちらから教える必要もないかもですね。
子供の目線で世界を見ると一番彼等にもわかりやすくいろいろと説明できると思うのですが、この目線がだんだん高くなってしまって・・・・難しいものになる・・仕方の無いことなのかもです。
もし我が家に子供がいたらヒゲはきっと天国にはどうやって・・って聞かれた場合は「そりゃぁ~お父さんもよくわからんぞぉ~、沢山の人が本当にどうのようにして天国いくのかわからないと思うから神様にお願いして方法をきいてごらん!」
となるかもです。
(;^_^A アセアセ
それじゃぁ~わかんなぁ~い!
と言われたら「お父さんもわかんなぁ~い!」(^^ゞと言ってそれじゃぁ一緒に探そうか?になってごまかすかもです。フキフキ ""A^^;
しかしお子さん達のこれからが楽しみですねぇ~
私もわかんないことは、子供に、「マミー、もわかんないよ~。」って言っちゃいますよ。
子供の目線って、本当に面白いですね。 自分もかつて子供だったんだけど。
大人になるに従って、「言葉」の活用が増えてきて、語彙も増えると、言葉が先行して、行動が伴わなくなっていったようです。
しかし、どうやったら天国いけるの、には、聖書が答えを持っていてくれるけど、どうやって天国にいくのか・・・。 うーん。 やはり、「昇る」しか私には思いつかず・・・。
いつか、母のことを話してやろうか、と思います。
根付いているから、それが今すこしずつ育ってる途中なんだよね。
みかけだけの大人が見てるところだけでイイコより彼らはずっとイイコだよ。
彼らの子供なりに生きるその姿はきっと私たちよりもっと純粋でほんとうは彼らのほうが神様をよく知っているのかもしれないね。
純粋なハートでさ。
昨日ちょっと事件がおきました。
詳細はブログに書いてあるけど、私たちのために、お祈りください。 やすこっぺ
いやいや、うちのは、タダ単に、ウルトラマンのように、「じゅわっち!」と天国にいかれる、と単純に思っていた。 そこが、親譲りだけなのでしょう。
ブログ見たよ。 祈ります。
あかしや