No. 80 Luciano Pavarotti

超有名な、テノール・オペラ歌手のLuciano Pavarotti (ルチアーノ・パバロッティ)が一昨日、亡くなった。 享年、71歳。 若い死だと思う。

実は、私はパバロッティのコンサートに1.5回行っている。 両方とも、タダ。 ロハ。

New Yorkで、極貧学生だったときのこと。 もう、10年以上前のことである。 住んでいるところは84thのWestsideであった。 そこから、自転車で20ブロックほど南下すると、Lincolon Center (リンカンセンター)があった。 そのなかの、Arvery Fisher Hallには、自転車に乗って、音楽を聴きに行った。 

とくに、冬はオペラシーズン。 拾ったぼろぼろの毛皮(というか、もう熊か雑巾をしょっているに近い格好だった)を着て、ヘルメットをかぶり、サイクリングで凍りつくマンハッタンの夜道を下った。 New Yorkの冬の風はほっぺたが切れるようであった。 吐く息も凍りそうであった。 地下鉄のトークンが1ドルくらいだったので、その1ドルも、もったいなく、自転車で移動していた。 (ちなみに、現在はトークンはない。) 


お金がなかったから、ひもじかった。 消え行く貯金のなかから、$25のチケットの為に、お金を引き出すには、清水の舞台から飛び降りる決心であった。 それでも、オペラ、クラシックは聴きたかった。一番安い、一番後ろの席のチケットを勇気だして、昼間買いに行った。 その夜は、わくわくしながら、Arvery Fishher Hallに自転車を走らせた。 なので、寒かったが、心は暖かった。 

着飾るようなものはもっていなかったので、セーターにジーンズ。  周りは、イブニングドレスと黒い背広にネクタイをした人たちが、オペラが始まる前に、ワインと食事を楽しんでいた。 私は、使い古しのプラスチックのボトルに水を入れて持っていった。



”Moon Struck"(邦題:「月の輝く晩に」だったかな?不確か)という映画を見たことのある人、いるかな? シェールとニコラス・ケージが主演で、後家さんと婚約者の弟さんとのロマンスとそれを取り巻くイタリア系アメリカ人の家族の映画。 私の大好きな人間臭いイタリア的な匂いがあったし、笑えた。 そして、じーんとくる良い映画である。


後家さん演じるシェールを、最後のデートをオペラで、と頼む彼女の婚約者の弟役のニコラスケージ。 二人でオペラにいくのであるが、オペラが始まるとき、待合室では、キンコンカンコンと鉄琴が鳴らされる。 そして、コンサートホール上部にあるシャンデリアが上がっていく。 そこが、Arvery Fisher Hallである。 そのシャンデリアが昇り、話し声が急に治まり、オペラが始まる幕開けの瞬間は、わくわくするのである。


ニューヨークで見たオペラは、La Bohem, Madama Butterfly (中国系アメリカ人のProduceであった)、Cosi Fan Tutte (”女は皆そんなもんさ”っていう意味だろう。)そのほか、いろいろ見た、と思う。 いや、そのあと、ウィーンで見たのもあるかもしれない。 当時は、Fremingとういオペラ歌手が有名になりつつあったときであった。 いまやは、彼女は、超有名だけど。 でも、当時も、よかった。

そのほか、モーツアルト死後100年だったか、その特集でモーツアルト特集もやっていた。 その一環だったかは、忘れたけど、Yo Yo Maのチェロも聴いた。


パバロッティは当時、よく、ドタキャンをしたので、ちょっと人気がおちた、というか、ニューヨーカーの信頼をすこし失っていた。 太りすぎで、ダイエットの為、という理由で、コンサートが何回かキャンセルとなった。 そんななかで、コンサートがあるという。 またキャンセルだよ、と思っていたら、コンサートがあった。 急いで、当日券を買いにいったけど、すでに売り切れ。 帰るのも惜しいので、そのままホールで、ぶらぶらしていた。 そうしたら、コンサートホールのドア2枚と壁を越えて、パバロッティの歌声が聞こえてきた。  やはり、すごかった。 これが、0.5回のコンサート。


そのあと、イタリアの保存用ミルクメーカー、Palmetto(スペルはPalamettoだったか不確か)がスポンサーとなって、セントラルパークにおいて、パバロッティの無料コンサートがあった。 友人と出かけた。 (ちなみのこのPalmettoという会社は経営破たんしたと思う。)3時間、のまず食わずで待ったコンサートであった。 くそ暑い夏のセントラルパーク。 そこで、きちんと、燕尾服を着てでてきたパバロッティ。  トレードマークの白いハンカチで、汗拭き吹き歌ってくれた。

あの歌声は、マンハッタンん中に響いたんじゃなかろか、というくらい、すごかった。 また、ハイトーンの力強さと、美しさ。

高校の時の音楽の先生は、オペラをやっていた人(だったはず)。 あだ名がブンゲン先生。 私達に、「コール ユー ブンゲン」という本で、発声練習をしてくれた先生なので、ブンゲン。 その先生が教えてくれた発声方法は、まさに、パバロッティの発声方法と同じであった。 顔を両脇に引きつらせる感じで、怖い顔をして、発声する。 これがBell Cunt歌唱法なのかもしれない。

そんなことを思い出しながら、芝生の上で堪能したパバロッティであった。



そのあとも、夏は、セントラル・パークで芝生に寝転がって、ワインをのみながら、オペラを聴いた。 セントラルパークには、蛍がいる。 ふわーふわーっと光がつき、はかなく消えていくのを見ながら、オペラを聴いた。 音楽も、オペラも、寝転がって、ウィンをすこし飲みながら聞くのが、一番だなぁと、そのとき、思った。



日本でみたオペラは、トスカだったと思う。 女性の物欲の深さが表現されたり、恋人が牢屋にいれられたその女性の為に、『もし、自分が代わりになれるのなら・・・』と歌う場面は涙をそそった。 (トスカじゃない、と言う人、教えてください。)私の渡米1-2年前のこと。 バブルの真っ最中で、ヘネシーがスポンサーになって、アメリカからではなく、本場イタリアからの歌手を呼んだ。 指揮者はあの小澤征爾さん。 良い指揮者である。 指揮者が違うと、音楽がこれほど違うのか、と思った。 小澤征爾さん、最近は、体調を崩されているとか。 

兎にも角にも、この日本で見たオペラで、私は涙が出て、感動した。 これほどまでに、歌が心に染み入るとは。 これを機会として、私はオペラが好きになった。 まあ、日本を出る前の彼氏がイタリア人だった、ということもあるけど。 

なので、ニューヨークでの極貧生活でも、こういったオペラや、クラッシックの演奏には、なけなしのお金をはたいて、聞きに行った。 



ここ、ダラスは、アメリカで第三番目に文化度が高いらしい。 オペラ、クラッシックの質のよいコンサートが結構来るらしい。 子供達がもう少し大きくなったら、また定期的にクラッシックのコンサートに連れていってあげよう。




音楽というのは、人の心を動かすもの、だと私は思っている。 いや、そうでなければ。 音楽ではないかもしれない。 誰でも、音楽をきいて、涙を流したことがあるはず。 また、音楽によって、力づけられる人もいるし、打ちのめされる人もいる。 ほっとする人もいるし、疲れがとれる人もいる。 私の先輩は、70年代に流行った「青い影」(ハモンドオルガンのソロのイントロで始まる)のイントロを聞いて、「あー、こりゃだめだー。」と浪人してしまったそうだ。

私の行った短大は、英語科単科しかない、短大であった。 教授陣営は、日本人より、外国人の方が多かった。 イエズス会の短大。 (というと、わかる人もいるでしょう。) 私は、音楽を選択科目の中から取った。 論文も一生懸命書いた。 先生(シスター)も良かった。 音楽理論、というより、音楽がどのように人間の心に響くか、とか、慰めるものであるなど、音楽の別の一面を勉強させてもらった。 グレゴリアン・チャントもそのとき、聞かせていただいた。 「Chant」という20年ほど前にはやったCDがあるが、それもしっかりと持っている。


音楽が心に与える感動、心を揺さぶる感覚は、聖なるバディー=聖霊=神さんとイエス兄さんと一緒に世界中の人間達の元を駆けずり回ってくれるバディー、が心に触れるときの感動と同じである。 ー 少なくとも、私の感覚では。 

賛美歌や、コンテンポラリーの賛美歌でも、感動を呼び起こす曲がある。 心に歌詞がじわーとしみていく曲があり、はー、そうだ、と思わされる曲もあり、歌詞を何度も聴いているうちに、すごく深い意味があることがわかったり・・・。 


教会の礼拝は退屈なもの、とうい固定観念がある人もいるだろうけど、教会の中には、音楽が素晴らしいところがある。 そして、お説教の時間と同じくらい、いや、それより長く音楽をしている教会もあるかもしれない。 

ブログの最初の方に「ディスコICC」というのがあるが、当時は、なんで、こんなに長くうたっているんだぁ、とわからなかったけどね。 でも、それは、3チャンネルさん(これもあだ名だよ。)に「賛美はメロディーのついた祈りです。」と教えられて、あほな私は、なぁーるほど、と感銘したのであった。 

じっくり皆で歌って、心を合わせて歌えば、天のお父さんが、「おっ! わしを呼ぶテーマソングが聞こえてきたで。 こりゃー、降りていかんとなぁー。」と来てくれるんだよね。 そのとき、感動が心に押し寄せるんだよね。



パバロッティの訃報に触れて、極貧学生だったNew Yorkでの生活を思い出したので、こんな書き込みになっちゃったよ。 あれから、10年以上たつけど、ひもじかった極貧生活もいまとなっては、懐かしい。

今世紀、Pavarottiのようなオペラ歌手は出るであろうか。 Il Divo? Andrea Vocelli?  いやー、及ばない。 及ばない。


Arrivederci!  Signore Pavarotti! Grazie Mille!


あかしや番頭  Ci vediamo taridi.



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