No. 138 亡くなった人の為に祈る
日曜日の朝だったのだろう。 父の夢を見た。 どこからか苦しい声が聞こえてきて、それがだんだん近くなった。 吐いている苦しみの声であった。 私たちの寝室に来たのは、一回り小さくなって、白くなっている父であった。 父は、またすぐに苦しくなって、トイレのほうに行った。 そんな夢であった。 実は、一年ほど前にも、寝ているとき、父の声が聞こえてきて、「苦しいんだ。」と言っていた。 夢を見た後、暫くして起きたと思う。 そして、神さんに祈った。 神様、人間が死んだあとのことは、私にはわからない。 天国と地獄以外に他のところがあるのかも、聖書には書いていないから、私にはわからない。 だから、あなたにお願いします。 父を楽にしてあげてください。 母と同じ天国に連れて行ってください、と。 神さんは、パタリロ牧師を通じて、「おまえの愛する者は、私のそばにいる。」と言ってくれたので、母は神の御国にいる。 しかし、父は今、どこにいるのだろうか? 父の死後、父がうらめしそうな顔をして、枕元に立っていたのを見た、という親族もいる。 父はどこにいるのだろうか? ****** 私の父は、アル中で、いろいろあった。 私も結構いやな思いをして育った。 詳しくは、3年前に書いたBlog 「父の日」 を読んでもらえれば、結構具体的に書いてしまったからわかるだろう。 素直に、愛しているという対象ではなかった。 でも、今は、感謝の対象である。 教会の礼拝のあとの祈りの時間で、父のことを祈り始めたら、涙がどっと出そうになった。 父を助けてあげたい、という気持ちが沸いてきてしょうがなかった。 だから、心に誓った。 これから毎日、しつこく、神さんに頼もうと。 父を良いところに移して欲しいと。 父の苦しみを取り去ってほしいと。 私たちが死んだ先は、神さんの領域である。 「私たちクリスチャンは天国にいかれるのよ。 でも、信じない人は、地獄行きだわ。」 と、のどもとまで出掛かっているクリスチャンと呼ばれる人は多いだろう。 私は、人が死んだあとは、天国と地獄しかない、というのは、まだ、わからない。 単に聖書を全部読んでいないからかもしれない。 でも、父のためには、その中間点があってほしい、と思うことがある。 これは、単なる一個人の勝手な願いである。 日本の実家では、何回か家庭集会があった。 退職したあとの父はそれを...