No. 185‐2 ソロモンの言葉〈2〉伝道者の書7章8章
<その2>
ダビデ、ソロモンがいたイスラエルから横浜にワープする。
私が通った高校は、旧制では、神奈川一中と呼ばれた。何せ歴史がある高校なので、先輩後輩っていう伝統が残っていた。
先輩は後輩の面倒をみる。この絆が一層強まるのは、卒業してからのOB会。
私はバスケット部にいたので、夏は現役の練習や試合に行って、励まし、差し入れをしていた。卒業生の層は厚く、その中でおのずと、グループで飲みにいったり、何かと集まっていた。
先輩方は、決して私たちには払わせず、いつも食事、飲み代は払っていただいた。中心的な3つ上の先輩は、時には土方をして、私たちに食べさせてくれた。
又、10歳、20歳、40歳以上年上の先輩たちとも、バスケットの練習をした。練習場所は先輩の一人が教鞭を取られていた横浜山手にある有名私立女子高の体育館。
ユニフォームの背番号が年齢になっていたので、当時ナンバー60の先輩が見事にシュートを決めたり、ナンバー45の大きくてはげの先輩にデフェンスで阻まれたり。
汗を流して、ごはん食べて、じゃあ、行こうか、って集まっていたのは、横浜の関内のクラブ界隈。多分馬車道のそば。
大先輩たちは、社長、会長、オーナークラスが多かった。先輩後輩のつながりがなかったら、普通は遊んでいただけない人達であった。
関内にも、銀座に匹敵するクラブが沢山あった。今はどうなのだろうか。横浜市庁舎の隣に自民党の事務所があるから、需要は今でもあると思うのだが。
きれいなホステスさんがいて、一回座るとうん十万円。そこに、私たち同期の数人と、ちょっと上の先輩は、体操着、ジャージ姿で座った。普通、女の子はいかないところなんだけど。それも、ジャージよ。。。
クラブと言えば、4億の借金を抱えたYoutuberのてんちむさんが出勤している銀座のクラブNanaeみたいな感じだったかもしれない。
元芸能人の方がバーテンさんだったと思う。このクラブのなじみは、20歳年上のA先輩。会社の社長さんで、芸能関係も造詣があったらしい。確か早稲田大学で、先を急ぐ吉永小百合さんに突き飛ばされて骨折したと言っていた。
ホステスさんがちょっと席を外したあと、そのA先輩曰く、「あの女性たちは、ちゃらちゃらしているように見えるけど、実は、朝一番で日経新聞を隅から隅まで読んで、ものすごい勉強と努力をしているんだよ。だから、決して馬鹿にしてはいけないよ。」と教えてくれた。
帰るとき、そのクラブのママさんからジャージ姿の私に、ピンクで、とても香りの良い石鹸をプレゼントされた。30㎝くらいある長い石鹸で、切って使うものだった。え、いいのかなぁ、プレゼント頂いて、だって、私、女だよ、と恐縮した。ママさんは、本当に美しい笑顔で送って頂いた。こんなにきれいな人が世の中にいるんだな、と思った。
そんな感じで、後輩と言うものは、先輩から社会勉強をさせていただいた。
同じ先輩が飲みの話の中で行ったことを今でも覚えている。
「あのな、人の付き合いで、結婚式などのお祝いは欠かしてもしょうがないけど、お葬式だけは絶対に行かなければいけないよ。人はお葬式に来てくれた人のことは決してわすれないから。」
祝宴の家に行くより、喪中の家に行く方がよい。
そこには、すべての人の終わりがあり、生きているものがそれを心にとめるようになるからだ。
伝道者の書7章4節
知恵のある者の心は喪中の家にむき、愚かなものの心は楽しみの家に向く。
なるほどなぁ。先輩のいうこととソロモン王のいうことおんなじだ。
その後、別の大先輩から連絡がきて、XXX先輩のお父さんが亡くなったから、あなたが若手の代表として葬式にいってくれないか?と会社に電話がかかってきた。
ちなみに、電話をかけてきた先輩は、いつも「愛人」を連れてOB会に来てくれた。これもある意味で社会勉強。
急いで家に戻り、喪服に着替え、お通夜に行った。黒装束のXXX先輩は、私とはバスケットボールコートで練習を一緒にしたことがあるので、はっとした顔をして、見つめてくれた。
その後何年かして、そのXXX先輩が入院、手術をした。そこに、私はお見舞いにいった。
「胃を全部とっちゃったよ。。。」と弱い声でおっしゃった。が、私は先輩に、「またバスケットコートで会いましょう。」と約束してきた。
その後、そのXXX先輩は、回復され、かなり大きな社会人の試合のバスケットボールチームの監督をされて、ボールを投げていた。すっかり元気なお姿だった。誇らしげにジャージ姿でチェストパスをされていたのを今でも思い出す。確か、神奈川県バスケットボール協会の会長さんだったような。
その後半年ぐらいして、その先輩の訃報を聞いた。
お葬式に行ったと思う。記憶にはっきり覚えていないのは、ものすごく大きなお葬式だったからだろう。
むしろ、私はその先輩のお父様のお通夜に行ったときの、あの先輩の「はっ」としたお顔を今でも思い出す。
今度、家のそばにある公園のバスケットボールコートで、ボールでも投げてみようか。
もう、ボールは届かないかもしれないけど、少しづつ、少しづつ、やってみようか。
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